純白の上に、紅が散る。まるで花弁のようだ。 男は血に濡れた苦無を雪で洗う。 (――三年、か) まだ本国が平和を保っていた頃――少年時代、二人の親友がいた。しかし彼が三年前に特殊訓練校に入り、道を分けて以来、かれこれ三年間、顔を見ていない。 見ることは叶わない。 アサシンは単独か、それ同士のツーマンセルによってのみ行動する。アサシン部隊以外の軍人との接触は、一部例外を除いて一切禁止されている。 男は雪に埋まる獲物を見下ろす。 これが、一部例外。 他部隊と顔を合わせる時は、殺す時だ。 「ゼロロ」 名を呼ばれ、男――ゼロロは顔を上げる。相棒のゾルル兵長だ。いつまでも動こうとしないゼロロに焦れたらしい。 「早く本部へ戻るぞ」 「……ああ」 ゼロロは踵を返し、ゾルルを追う。 死体は物言わず、降り舞う雪に化粧をされていく。春になる頃、彼は花に埋もれるだろう。わざわざこの場で殺したこと。それが、せめてもの手向けだ。 ゼロロは足を止めて、肩越しに振り返る。そしてすぐにまた歩き出す。 ――だから、出会わなければいい。 もう一生、出会ってはいけない。 決めたのは、自分だ。この道で、修羅として生きると決めた。 安寧な幸せよりも、守るための強さを選んだのは、自分自身のはずなのに。 たぶん、後悔している。 (――会いたいよ、君たちに……とても) もう、一生、出会えないから。 梅が咲く頃、その花弁を散らすように、僕は君を殺めます。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ アサシンは、常に氷の如く在らねばならない。喩え目の前で、親が殺されたとしても。 ゼロロは特殊訓練校時代の教官の教えを思い出した。 しかしそう教えた教官自身、果たして本当にそれを実行できるのだろうか。できるとしたら、それはもう、人とは言えないのではなかろうか。 「当然だ。暗殺者は人では在り得ぬ」 その呟きに対し、ゾルルが刀を拭きながら答えた。もう何百人斬ったか知れない一刀だ。 ゼロロは暗器を手入れする手を止め、顔を上げる。 「では、そなたは母上殿や友人が死しても動じぬと?」 「心を動かさぬとは言わぬ。しかし、決してそれを表には出さぬ」 「なるほど……」 ゼロロは苦笑する。確かにこれまで、ゾルルの表情が動いたところを見たことがない。 「拙者は……自信がない」 零した言葉にゾルルは答えない。それに値しないと判断されたらしい。ゼロロは再び苦笑する。 手に持つ苦無は、つい先刻、一つの生命を奪ったものだ。手入れされた今は、もう脂の曇り一つ無い。 ゼロロは苦無を灯に翳し、出来栄えを確認する。時間をかけて磨いた刃も、明日には再び血脂で曇ることとなるだけだが。 皮肉な思いを振り払うように目を瞑り、一通り手入れを終えた暗器をホルダーに仕舞い、腰を上げる。からくり時計が丑三つの時報を告げた。 「拙者はお先に失礼仕る」 「応」 軽く挨拶を交わして詰め所を出ると、思わず肩を震わせた。水を溜めたままの樽に氷が張っている。 常に氷の如く―― ゼロロは空を仰ぐ。冬の澄んだ空気の向こう、満天の星々が煌めいている。 そういえば、小訓練学校三年生の夏、ポコペンの風習を倣って三人で遊んだことがあった。たしか『タナバタ』と言っただろうか。細長く切った色紙に願い事を書いて、宇宙笹に吊るした。 願い事の内容と言えば、ケロロは物欲丸出しで、ギロロは男の夢を壮大に語っていた。 (拙者は……何と書いたのだったか……) 青い色紙に、小さな字で、 『ケロロくんとギロロくんと、ずっといっしょにいられますように』 ゼロロは足を止め、覆面を直す。身を刺すような冷気が髪を薙いでいく。 「……やっぱり、字が小さかったからいけなかったのかな」 自ら離れた事実を自分に誤魔化すように笑う。星が、願い事を叶えるわけがないと、分かってはいるけれど。 吹っ切るように一つ息を吐き、ゼロロは正面を向く。そのまま背後に声をかけた。 「何用でござる?」 「特務でございます。至急お戻りを」 「……了解した」 返答と同時に気配は消えた。 ゼロロは再び星空を一瞥し、踵を返した。 明日殺すも、今日殺すも同じこと。 常に氷の如く――ゼロロは忍の面を宿し、疾り出した。 梅が咲く頃、その枝を摘み折るように、僕は君を殺めます。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「平気なのか?」 ゾルルの声に、ゼロロは肩越しに振り返る。 「何がでござる?」 「いや、そなたのことゆえ、動揺していまいかと思ってな」 「ははは」 思いがけず乾いてしまった笑いが、ゼロロの動揺を雄弁に物語る。 ゾルルは僅かに嘆息し、先刻渡された任命書を再び読み上げた。 「もう一度任務内容を確認するぞ。今回の標的の罪状は、国家反逆罪。最重要機密のプラントを単独で襲撃……勇敢なのか、無謀なのか」 「無謀……が、正しかろう」 「しかし中々侮れんな。少なくとも一区画を完全に壊滅させている」 「彼は昔から、やると決めたらとことんやる子でござった」 「幼馴染――と、いうやつだな」 「……ああ」 標的名――ケロロ上等兵。 ゼロロは四年ぶりに音として耳にする名に俯く。 確かケロロは、昨年学校を卒業し、入隊してから一年も経たないはずだ。この一年弱の間に、三階級昇進していることになる。 (すごいね、ケロロ君……) このペースなら、来年の今頃には、彼がずっと憧れていた軍曹にも就任できていただろうに。 (でも、君は今夜……) ゾルルが無言で出発を促す。ゼロロは溜息と共に頷き、疾り出した。 「本部は標的を見失ったそうだ」 「だから拙者が呼ばれたのでござろう」 教官のあの教えは、必要であり、教科書として正しい教えだ。 しかし現実に近親を目の前にして、多少なりとも動揺しない者などいない。そのため実際には、標的と縁のある隊員を暗殺チームに組むことはない。 だが今回のように標的をロストした場合のみ、標的の行動予測を立てられるであろう者――標的の友人、親類にお鉢が回る。 夜の闇を駆けながら、思い出したのはケロロの瞳の色だ。光さえ吸い込むような、漆黒の黒曜石。彼は意外にも涙脆くて、その黒はよく濡れて揺らいでいた。 ゼロロは、純粋にそれを美しいと感じていた。その半分が嘘無きであることは知っていたけれど、その瞳そのものが美しかった。 好き、だった。 ケロロは酷くドライなようでいて、本当は人一倍機微に敏い。利用できるものは最大限利用するくせに、深い部分では誰にも頼らなかった。 甘える時は煩いくらいに媚びてくるが、興味が失せた途端に存在そのものを忘れ去るほど稀気で。 我侭で、破天荒で、傲慢で、だけどほんの少し寂しがり屋で。 「……ケロロ上等兵なら、恐らく、あそこに居るでござるよ」 「どこだ?」 「――小訓練校舎」 本当は寂しがり屋だから、彼はきっとそこに居る。 三人が出会った、あの場所に。 梅が咲く頃、その香を姿に重ねるように、僕は君を殺めます。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 非常口の灯だけが浮かぶ闇の中、微かな機械音と僅かな泡音が響いている。下級の教室で金魚でも飼っているのだろう。 ゼロロはかつて見慣れた廊下を、足音も無く歩く。 昇降口を入って、左に曲がり、突き当りをまた左に曲がってすぐにある、一年生の教室。ドアがほんの少しだけ開いている。 カラリ、と開けたその時。 ボスッ。 頭上に軽い衝撃を受け、直後にチョークの粉が辺りに舞った。 「あっははは。ゼロロ、引っ掛かってやんの」 こんな下らないブービートラップを仕掛けるのは、ゼロロが知る中で一人しか居ない。 「――ケロロ君」 壁に凭れるようにして立っている人影は、悪戯っ子のようにけらけらと笑っている。 緑色の髪、仕草、行動、どれをとってもまさしくケロロだった。 ゼロロは床に落ちた黒板消しを拾い、ケロロに向けて軽く投げて返した。 「酷いなぁ、ケロロ君」 「ゼロロがトロいだけであります。アサシン部隊のくせに」 その言葉に、ゼロロは少なからず驚きを覚えた。 「知ってたの? いつから?」 「昨日。プラント襲撃したらさ、データがあったのであります」 「……ケロロ君」 そっけなく言うケロロに、ゼロロは眉根を寄せる。 ケロロは気にした風も無く、黒板消しを教卓に置いた。 「ゼロロこそ、いつから知ってたんでありますか」 「……何を?」 「隊長システム」 逆に問われ、ゼロロは肩を張った。思わす顔を背ける。罪悪感から、ケロロの目を見られない。 アサシン部隊に所属したその日――軍事機密を余すところ無く知らされた。 その際に“隊長”というものの意味を知った。 ――プラント内を見せられた時、ゼロロは危うく嘔吐しかけた。 培養カプセルの中には、あの日々を共に過ごした親友が浮いていた。隣のカプセルには、さらに幼い彼が、そしてそのまた隣には、既に形を成した胎児が蠢く卵が―― 全部で九体の『ケロロ隊長』が培養されていた。一つだけぽっかりと空いたカプセルには、ゼロロが知るケロロ――目の前の彼が、かつて入っていたのだろう。 ゼロロの態度に苦笑をもらし、ケロロは黒板の前に立ち、何かを書き始めた。 カツ、 カツ、 カツ…… 懐かしい、チョークが黒板を打つ音が、夜の教室に響く。 ゼロロはそれに耳を傾けながら、かつて自分が座っていた席の机に腰を下ろす。 「あの頃さぁ」 楽しげに手を動かすケロロが、楽しげに語りだす。 「遊んだり、イタズラしたり、宿題で悩んだりで、楽しかったでありますな」 「うん。ケロロ君、宿題自分でやってきたこと一度も無かったよね」 「ケロ〜? そうでありましたか?」 「そうだよ。あ、秘密基地のこと覚えてる?」 「勿論であります。役所裏にある丘のちょっとした洞穴っしょ? 我輩、あそこにホビージャパンのガンプラ特集号置いてあんだよね〜。取りに行かなくちゃ」 「……随分前に平地にされて、今マンションが建っちゃってるよ?」 「嘘ぉ!?」 「ほんと。あはは、残念だったね。でもケロロ君らしいや」 「…………」 「…………」 「……ゼロロ」 ……カツ。 最後に一つ、大きな音を立てて、チョークが置かれた。ゼロロは黒板に書かれた、相変わらず下手な字に視線を馳せる。 ケロロは背を向けたまま、窓の外を見つめている。西に沈みかけた月が、校庭を照らしている。 『ケロロくんとギロロくんと、ずっといっしょにいられますように』 黒板には、あの日の短冊に込めた願い。 「……あんな小さい字で書くからでありますよ」 ゆっくり振り返ったケロロは、困ったような笑顔を見せた。 「ほんとだね……ごめん」 「うん。俺も、ごめんな」 「何が?」 「……色々」 再び黒板に落書きを始める。 緑と、赤と、青いチョークで。 あの頃の、何も知らない幸せな子供たち。 ゼロロはちょっとした悪戯心を覚え、席を立ち、チョークを取る。描いたのは、おもちゃの光線銃。 「これのこととか?」 「うっわ! 折角忘れてたってのに……」 「ふふふ」 ゼロロの反撃に、ケロロは頭を抱えた。 それから、ぽつりと。 「……ごめんな」 ああ、だめだ。 泣いてしまいそう。 氷の如く、なんて不可能だ。 こんなに。 こんなに。 心が震える。 ゼロロは密かに構えていた苦無を床に落とした。リノリウムが硬質な音を立てる。 殺せない。殺せるはずも無い。 どうせ果てる運命ならばこの手でと、決したエゴイズムは露と消える。 彼の居ない世界が、自分にとって一体何の意味があるというのか。喩え会うこと叶わなくとも、彼がこの世界のどこかに居るというその事実だけを、今日まで糧にしてきたというのに。 その、彼を。 どうして殺せようか。 「子供の時代って、どうしてこんなにも早く過ぎていくんだろう」 ぽつり、と。ケロロが零した言葉が消える頃、 ガラスの、割れる音がした。 それがゼロロの心が立てたものなのか、現実のものなのか――混同しながら、ゼロロは傾いでいくケロロの身体を見ていた。 銀色の月明かりが差す教室は、真っ白に染まった。 酷く現実感のない意識の中、ケロロの身体が落ちる音だけがリアルだった。 「囮役、ご苦労だったな。これで任務は完了だ」 「……任務……」 ゾルルの声も、自身の呟きも、まるで分厚い壁を隔てた向こうから聞こえるように遠い。 ケロロは倒れたまま、ピクリとも動かない。チョークの粉が積もった床に、じわりと紅いものが滲んでいる。 「――死んだ……?」 そんなはずは、ない。 自分の中で絶対の位置を占める存在が、消えてなくなるはずはない。 ゾルルはケロロに刺さった三本の手裏剣を抜き、簡単に血を拭う。ゼロロを肩越しに見やり、端的に告げる。 「俺が、標的を討ち洩らすと思うか」 転がった、ついさっきまでケロロであったもの――薄く開かれたままの瞳は、もう光を映してはいない。ほんの少し笑んだ形を作ったままの唇は、逆流した血に濡れている。 ――死者の顔だ。 どうして。 揺らぐ足取りでケロロに近づく。 どうして、僕は。 じっと見下ろす先の彼は、ただ永遠の微笑を刻んでいる。 僕はいつも、失くした後になって。 大事なものに、やっと気付く。 「……ケロロ君、好きだよ?」 視界が歪んで、すぐに戻った。足元の床が、パタリと色を変える―― 帯びた刀が、一閃の光を残して空を斬った。切っ先が手に慣れた感触を捕らえる。 「ゼ、ロロ……! 貴様ぁ……っ!」 「……すまぬ、ゾルル……」 ゴトリ、と、不気味な音を立てて、一本の腕が床に転がった。それから半秒ほど遅れて、大量の血液が天井を汚す。 「裏切るのか、ゼロロ!」 その叫びに答えることなく、ゼロロは斬り払った刀を「突き」に持ち替え、ゾルルの心臓を捉えた。 肋骨に邪魔されることなく、刀は綺麗にゾルルの身体を貫通した。吐き出された真っ黒な血が、密着するゼロロの全身を染める。 「……お主は、拙者の大事なものを殺めた……。お主にとって、これは任務……彼は標的に過ぎなかろう。今までの標的同様……。拙者とて、理性では理解しているのだ……しかし、感情は……」 柄を握る手が震える。ゼロロは互いの口布を剥ぐ。月明かりが、二人の顔をはっきりと曝した。 そういえば、互いの素顔を見るのは初めてだったことに、今更気付く。随分長い付き合い――それこそケロロとの付き合いと同じくらい――だというのに、おかしな話だ。 それでも、この男は彼を殺めた。 「感情が、どうにもお主を許せぬのだ……!」 叫ぶと同時に、両の目から水が溢れ出した。溶け出した氷は止まることなく、頬を流れ、口を伝い、服や床を濡らしていく。 「――ケロロ君!」 刀を放すなり、ケロロへ駆け寄る。背後で大音を立てて、ゾルルが床に倒れた。 ゼロロは応えのないケロロを抱き上げ、僅かに揺する。 「ねえ……起きてよ、ケロロ君……」 幼い頃、毎朝学校に行く前にケロロを起こしに行っていた。どうしても起きなくて、三人で遅刻したこともざらにあって。 「おきて……」 そんな時は、よくギロロがケロロの頭を殴って、無理やり起こしたものだ。 「…………」 物言わぬケロロの瞼を閉じてやれば、それこそ眠っているようだ。 ゼロロはケロロは抱いて立ち上がる。 「……どこへ、行く……」 「ゾルル……っ!」 確実に急所を捉えたはずのゾルルの声に、ゼロロはぎょっとして振り返った。刺さったままの刀が、不規則な鼓動と呼吸に合わせて揺れている。 「今……本部へ緊急通達した……どこへ逃げようが、貴様は……」 「ケロロ君は渡さない」 「馬鹿が……それはすでに死体だ……貴様に死姦の趣味があろうとはな……ふ、はは……」 「……拙者が御守りいたす」 言い捨て、ゼロロは窓から飛び出した。 「は、ははは……よかろう、ゼロロ! 貴様が来るのを地獄で待っていてやるぞ、ケロロ上等兵と共にな!! ハハハハハハハハハ…………!!」 走るゼロロの影を、ゾルルの狂笑がどこまでも追っていった。 梅が散る頃、雪に舞うその花弁のように、僕が殺めた君の血の、なんと美しいことだろう。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ あれからどれほどの時が経ったのか。 繋がれた鎖を切ることは簡単だろうが、しなかった。する気もない。 窓のない牢獄の中、ゼロロはただ目を閉じる。 あの日、あの時。彼を抱いて走った。どこに行くあてもなかったが、あの瞬間、確かに幸せだった。 (……おかしいね。君が死んで、なのに僕は幸せなんて) でも、幸せだった。 二人きりの世界。二人きりで止まった時間。 永遠があるというのなら、きっとあの刹那刹那のことを言うのだ。 それも長くは続かなかったけれど。 すぐに軍部が駆けつけて、彼は連れて行かれて。 殺されるだろうと思っていた。それもいい。そうすれば、彼の元へ行ける。 しかしゼロロは捕縛、投獄され、この数日音沙汰もない。 一体どういうつもりかは分からない。だがもう、自分にとっては何一つ関係ない。 『おい』 不意に、声が聞こえた。人の気配はない。おそらくどこかにスピーカーがあるのだろう。酷く大人びた、しかしまだあどけなさの残る少年の声だ。 軍と少年という不釣合いな組み合わせは、ゼロロを困惑させるに十分な要素だった。 『出ていいぜ。アンタの罪状はチャラになった』 直後、ゼロロを縛っていた鎖が解かれた。鉄の門扉が音を立てて開く。 「……どういうことでござる」 あまりに突然の無罪放免に、ゼロロは怪訝に目を細める。 スピーカーの向こうで、少年が息を吐くのが聞こえる。 『とにかく、出ろ。そうすれば分かる』 牢獄を出た先に、何かあるというのだろうか。 死か、絶望か、屈辱か。 (……まあいい。どうせ惜しくもない) ゼロロはゆっくり立ち上がり、牢獄の外に踏み出した。強烈な陽が目を焼く。一瞬の白い闇。まるであの夜のようだ。 落ちて行く彼の身体。 照らす月光。 刻まれた微笑み。 彼が、居なくなった境―― 「ずいぶんと、シケたツラでありますな」 「……え……?」 耳を、疑った。 有り得ない。そんなわけがない。でも、間違えるはずなんかない。 大好きな、彼の声を。 白い闇が引いてゆくにしたがって、まるで写真を現像するように、ぼんやりと風景が拓かれてゆく。 眩むような青い空と、一片の穢れもない銀世界の中で、ただ一つ萌えるように輝く緑。 「ケロロ君……?」 「ほかに誰だって言うわけよ?」 心外だと言わんばかりに頬を膨らませる彼は、幼馴染以外の何者でもなくて。 ゼロロは堪らず駆け寄り、その自分より一回り小さな身体を抱きしめた。 「おわっと! いきなり何でありますか」 「だって、きみが」 「まさか我輩が死んだとでも思ったでありますか? はーあ、これだからゼロロは」 「なんだよ、それ」 本当に、本当に。居なくなってしまったと思った。消え果てしまったのだと思った。 心臓は止まっていて、どんどん身体は冷たくなっていった。 その時の。 「その時の僕の心が、きみに分かる?」 ぼろぼろと涙が落ちる。それはケロロの肩を濡らしていった。 ケロロの手が、やんわりとゼロロの背を叩く。ぽんぽんと、聞かん気の子供をあやすように。 「ごめんね。……ただいま、ゼロロ」 ゼロロはケロロを抱く腕に力を込める。 あの時、確かに彼は死んでいた。 それは揺るぎない事実。 けれど。 今、腕の中に彼が居る。 それもまた、揺るぎない事実。 還ってきたという、事実。 「……お還り、ケロロ君……」 真実など、どうでもいいのだ。 君が居る、それだけが僕の真実。 梅散ろうとも、薫る風で包むように、僕に君を想わせてください。 END. |
ゼロロ編でした。 どうにも暗い男です。 光線銃というのは、アニケロで出たアレです。勝手に名前書いちゃってそのまま持ち帰っちゃったやつ。イタイですよね、アレは。 最後に出てきた少年は、もちろん彼です。少佐万歳。 |